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京料理さつきの成り立ち

 高瀬川の源流がある上木屋町に京料理さつきはあります。静かで落ちついたエリアです。そこに立つひときわ小さな看板、その路地奥には旅館として使われておりました建物があります。150年ほど前は幕末の志士のお宿であり、密談の場でもありました。先代の女将、柴田 冽子はこの場所に縁があり、京料理屋として新たにスタートさせました。

 もともとは昭和三十六年五月十三日、実家の油小路通仏光路下ルで同じ「さつき」という名で商売を始めます。「さつき」の由来は大女将の誕生日月からきています。開業する前、この名前がほんまに良いか祖母に聞いてみたところ、当時はカタカナのハイカラな名前をつけることが流行していたにもかかわらず、「さつき」という名前は覚えやすくて良い名前やな〜。」と大賛成してくれたとのこと、二十六歳の時でした。たくさんの方々のお支えにより、さつきの今日があります。

 時は流れ、時代は大きく変わりましたが、鴨川が見える二階座敷や歴史感じる小部屋、一階の和風カウンターやレトロな雰囲気漂う洋風カウンターなど、変わらないものが当時の様子を伝えています。 毎年5月から9月末までは納涼床にて鴨川の夕暮れを眺めながら、10月から4月末までは室内にて、季節毎に変わる京料理を京都らしい景色とともに楽しんでいただけます。情緒のあるひと時を味わいに一度おいで下さいませ。


有限会社さつき 柴田 幸子

店舗イメージ
京料理さつき、鴨川納涼床
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さつき入り口


志士たちの夢あと偲ぶ上木屋町、大村益次郎公遺跡。

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